仏教と心理学のはなし

僧侶と心理士の二足の草鞋を履く、禅寺の副住職による随筆。

個性を通じた対人関係の構築。ある檀家様から教わったこと。

自分の現在の年齢を踏まえ、これまでやってきたことを振り返り、またこの先の生活をどのように送ることになるのだろうか。10年20年先の自分は、また自分を取りまく環境はどのようになっているのだろうかと、ふと考えることは誰しもあるのではないかと思います。

私も学生時代は関東に出て、社会人となってからは洞泉寺の業務にも携わりつつ福祉施設精神科病院に数年勤務し、今年の春にようやく洞泉寺に生活の基盤を移しましたが、自分が現住職の年齢になる頃はどのような生活をしているのかを考えます。

先の将来が孤独なのか、あるいは環境に恵まれ充実しているのか、といったことはやはり誰もが考え、時には不安になったりするのではないでしょうか。

 

 

彼岸経を通じた出会い

洞泉寺では、春と秋の彼岸の時期に約1週間をかけて主に関東方面に転居されている檀家様の家々にお訪ねしてお経を唱えさせて頂いています。洞泉寺のある新潟県十日町市は、年々過疎化が進行する、限界集落に指定された地区です。

生活を営むために地元を離れ、県外に転居される方もたくさんおられます。そのため、洞泉寺では県外に出られた方々との繋がりを守っていくため、彼岸経などを通じてやり取りさせて頂いています。

 


お邪魔する度に色々なお話を聞かせて頂きますが、やはり多くの方が新潟県十日町市という全国有数の豪雪地帯で育ったという自身のルーツを大切にされています。そして、新たな土地に転居して以降、生活基盤を整え家庭を築いていく過程で培った教訓を聞かせて頂けるのが非常に有難いことです。

 

 

心理士や僧侶という、人と関わらせて頂くことの多い立場に携わる中で様々な方からお話を聞かせて頂くことで、逆にこちらが学ぶ機会に恵まれているとつくづく感じます。

 

彼岸の棚経を通じた、ある檀家様との出会い

数年前に地元から関東方面に転居された男性の檀家様のお宅に伺いした時のことです。その時点で、御年90歳になられるとのことでした。地元におられた頃から折紙名人として知られる方だったのですが、スキルは尚も健在で時間があれば折り紙を折っているとのことでした。私がお邪魔した時も、自ら折り方を研究したという手毬を頂きました。

 

ウィンドチャイムの画像のようです

 

見知らぬ土地に転居して寂しさは無かったかと伺ったところ、「人間生まれた時は誰も知らないところから始まるんだから、それと一緒だよ。」と、何とも清々しい表情で答えられました。なるほど…。まさにその通りだ。新天地で新たな生活を始めるうえで、潔く気持ちを入れ替えられるこの方には、自信が満ち溢れているのだろうと尊敬の念を感じずにはいられませんでした。

 

特技である折り紙を通じた新天地での関係構築

その男性は転居以降も折紙を折り続け、ある日バス停で隣で待つ高校生に渡すと、「私の所にも来た!」と喜ばれたのだそう。その頃にはすっかり地域で噂の”折紙おじいさん”になっていたのでしょう。

 


今や福祉のボランティアや小中学校の行事の来賓としても呼ばれるまでに至り、折紙を通じた出会いが尽きないのだそうです。この男性には、生涯を通じて孤独は無いのかもしれません。

 

一枚の折り紙で折る紅白鶴。檀家様の作品


桃李もの言わざれども下自ずから蹊を成す

中国の故事の中に、”桃李もの言わざれども下自ずから蹊を成す”、という言葉があります。これは、優れた人物の周りには自然と人が集まってくることを、美味しい桃の実が生る木の周りには人が通って道が形成される様子に例えられた言葉です。この男性のように優れた人物の側には、自然と人が寄ってくるのだと感じました。

 

筆者が永平寺の修行を終える際、ある老師が餞別として下さった直筆の色紙。達磨大師の右側に、”桃李自成蹊”とある。


生涯学習。個性を活かすこと。

若くて体力に恵まれた頃には、自分から足を運んで人と関わることが出来るでしょう。ただし、歳をとるに従って若い頃のようには思うように体は動かなくなっていくものです。誰にも必ず老いはやってきますし、これは避けて通れないものです。すると、”孤独”に対する恐れや不安というものは、誰しもが抱くのではないかと感じます。

 


しかし、体力は衰えるにせよ、長年にわたって培った教訓や個性に自信を持ち、それらを通じて新たな対人関係を構築することだって可能なのではないかと、その男性の檀家様から学ばせて頂いたように思います。生涯に渡って人生を全うするうえで、自分なりの道筋を見出していきたいと思わせる刺激となりました。

 

合掌

 

筆者紹介:大円良和(だいえんりょうわ)

新潟県十日町市 曹洞宗 鶏足山 洞泉寺の副住職。同時に臨床心理士公認心理師の業務にも携わる。

心理学を専攻した僧侶として、ご遺族のグリーフケアに少しでも出来ることはないかと考える。開かれた禅寺を目指す。

当ブログと同時に洞泉寺ホームページを運営。精進料理レシピ紹介、SNS投稿、遊びを通じた仏教文化への触れ合い体験の提案などに取り組む。

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