食メディア「おうちごはん」にて洞泉寺の精進料理レシピをご紹介頂きました。
すみっコぐらしから学ぶ、居場所の見つけ方
娘が生まれて以降、娘の興味関心を介してアニメやキャラクターに振れることが多くなりました。自分一人では恐らく興味を持つことは無かったであろう存在ですが、目を向けてみると奥が深くてなかなか面白いなあと感じることも少なくありません。その一つとして、すみっコぐらしが挙げられます。
すみっコぐらし
しろくま、ぺんぎん、とんかつ、ねこ、とかげ。主なキャラクターは5つ。

彼らは本来自分がいるべき環境に馴染めなかったり、理由があって正体を隠していたり、あるいは自分という存在が何なのか、アイデンティティーが分からなくなったりと、それぞれが何らかのネガティブな事情を抱えている集団です。

そんな彼らが元の環境を離れ、自分と同じような後ろめたい境遇を抱えている仲間たちと”すみっこ”という、居場所を見つけて共存する話です。
それぞれが抱える背景がなかなか切なく、ようやく落ち着く居場所を見つけられた子達をつい応援したくなります。なかなか考えさせられるストーリーだなとしみじみするのです。

それぞれのキャラクターを追っていきます。
しろくまなのに、寒がり。そのため本来いるべきはずの、北極に適応出来ず温かい場所を求めて引っ越してきました。お気に入りの風呂敷を体に巻き付けて暖をとったり、お茶を飲むことを趣味にしています。

ぺんぎん?
自分が何なのか、よく分からず自分探しの際中です。今の所、自分の存在をぺんぎんということにしているのだけど、緑色のぺんぎんはどこを探してもいない。。
昔は頭にお皿があったような気もするし、好物はきゅうりだし、あれ?もしかして河童なのかな?と時々疑いの気持ちが出てくるのです。確証が持てないので、”ぺんぎん?”と、?がついています。

とんかつ
みんな大好き、とんかつ。でも、この子はとんかつの中でも端っこの部分なのです。口のピンクの部分だけが唯一の肉で、他の99%は脂肪。
脂っこいので食べて貰えずに残されてしまったのです。その記憶が辛いトラウマとして残っていて、時々思い出してどんよりしてしまいます。同じ境遇にいる、えびふらいのしっぽといつも一緒にいます。

ねこ
恥ずかしがりやでぽっちゃりとした体型を気にしている、気が弱い子です。生まれた後、貰い手を探していたのだけど、他の兄弟たちは貰い手が見つかる中、この子だけが残ってしまったという過去があります。
何故自分だけ残ってしまったのか、その理由を考え込んで、どんどんと自信が無くなってしまうのです。

とかげ
とかげということにしているのだけど、実は恐竜の生き残りです。泳ぐのが得意で魚が好き。ただ、正体をばらすとつかまってしまうので隠しています。お母さんは海のすみっこにいて、離れて暮らしています。
にせつむりという、かたつむりに憧れるなめくじさんがいるのですが、同じ境遇を抱えた同士、お互いを尊重し合っています。にせつむりにだけは、秘密を打ち明けています。

「すみっこ」という場所
そもそも「すみっこ」とはどんな場所なのでしょうか。周りからはあまり目立たず、光が当てられることも少ない、地味な場所かもしれません。
みんなでテンション上げて、わいわいやるのが好きな人もいますよね。でもそれは、陽キャの人達が好む居場所ということなのでしょう。
わいわいした場所に馴染めなくて、疲れてしまう人だって当然いる訳です。地味ではあるかもしれないけど、無理に着飾る必要もなく、落ち着ける場所として、すみっこは大切なのかもしれません。

元々都会に身を置いていたけれど、喧噪にもまれて疲れて田舎が恋しくなったり、移住を考えるようになるのも、すみっコぐらしと共通する心境があるかもしれません。

居場所とは
居場所とは何でしょうか。生まれ故郷、学校、職場、縁によって色々な居場所が自分に取り巻いていきます。その縁を辿ってみると、自分の意思で飛び込んだ居場所もあれば、意思とは関係なく自然の流れでたどり着いた居場所もありますよね。
生まれ故郷は色々な縁があって親がそこで出産したからその故郷にいる訳で、自分の意思で選んだ場所ではありません。これは受動的な縁による居場所ということになります。

普段生活する上であまり意識することも無いかもしれませんが、場所ごとに様々な価値観や雰囲気があります。そこで求められる役割というものがあって、その場に身を置く以上はある程度その役割に沿って振る舞うように、その場の空気が圧力となって個人個人に作用していきます。

職場での価値観
その会社の職種、土地柄、経営状況、社員の人数や年齢層または性別によって、本当に雰囲気や価値観が千差万別です。
例えば新進気鋭の社員が集まって、新しい事業に挑戦するベンチャー企業もあります。仕事に多くの時間とエネルギーをつぎ込み、多様な業務を臨機応変にこなしながら、とにかく成果を出すことが求められる環境と言えるかもしれません。

一方、家事や育児をこなしながら傍らで出来る範囲で仕事をしている方だっています。そういった会社では、お互い様の精神で助け合いながら無理ないペースで、決められた仕事を淡々とこなすことが求められるかもしれません。

今挙げた二つの会社。勤めている社員が抱えている事情や個性は大分違うのではないでしょうか。
家庭での役割も多い人が、重い責任を任せられる会社に身を置き続けてしまったら、バランスを保てずにいつか体を壊してしまうでしょう。

一方で、ばりばり仕事をこなしてキャリアを積んでいきたいと考えている人が、淡々と同じ業務ばかりが任される職場で勤め続けていたら、段々とモチベーションが失われてしまうでしょう。

プライベートの人間関係での価値観
仕事の相性もさることながら、人間関係の相性だって千差万別です。先述の通り、みんなでわいわい騒ぐのが好きな人もいますよね。

あるいは、静かに図書館で読書をすることを好む人だっています。
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性格と環境がアンマッチだったらどうなるでしょうか。元々わいわい楽しみたい性格の人が、図書館で長時間静かに過ごすことを強要されたとしたら、いつか発狂しそうですよね(笑)。逆に、静かな環境を好む人が派手なパリピが集うクラブに放り込まれたとしたら、これも可哀想ですね…。

それは元々の性格による違いもあれば、年齢によって好みが変わっていくことだってあるでしょう。または、その時の気分によってどう過ごしたいかが変わることだってあるかもしれません。いずれにせよ、相性が合わない人間関係に身を置き続けるということは、心身のストレスが大きいということです。
自分と環境の相性
仕事とプライベートの人間関係を例に、環境との相性を見てきました。自分の性格も環境も個性がそれぞれな訳で、両者の相性によって居心地の良し悪しが痛いほど左右されるということです。
しばらく身を置くなかで感じる居心地の良さ、あるいは違和感を頼りにしながら、自分と環境の個性や相性が何となく感じられるのではないでしょうか。
その環境に居心地の良さを感じられたのなら、相性が良いと言えます。その場合は居続けることをお勧めします。
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逆に違和感が多いのなら、相性が良くないのかもしれません。その場合、他の居場所を見つけた方が良いかもしれません。

先述の通り、それぞれの環境には求められる役割というものが自然と自分にふりかかってきます。クラブならテンションアゲアゲ⤴でいることが求められるし、図書館なら静かにすることが求められます。その役割に自分が適応し続けられるのか、ということが非常に大きなポイントです。
では、どのように判断して居場所を見つけていけばよいのか、考えてみましょう。
自分を知る
自分に合った居場所を見つけるには、まずは何よりも自分の個性を知ることが大切ではないでしょうか。自分の能力的な得手不得手は何なのか、あるいはどんな性格なのかといったことを、これまでの経験を踏まえて振り返ってみましょう。

例えば、元々の傾向として決められたことを淡々と正確に事務的にこなすことが得意でも、自分からクリエイティブなアイデアを出すことは苦手な人だっているでしょう。
逆に、クリエイティビティーさに富んでいても、事務作業を任されるとミスを連発してしまう人だっています。
自分に向いていない仕事を続けるのはしんどいです。
・やりたいこと
・向いていること
これが、一致しないことも往々にしてありますが、夢だけを追い求めて向き不向きを無視するのは、あまり賢明な選択ではないかもしれません。

変化を受け入れる
あるいは、元々は仕事をばりばりこなすキャリア志向が強かったけど、家庭を持ったりと環境が変わることで他にも大切にしたいものが増えることだってあります。その場合、若い頃のようなキャリア志向は薄れていくかもしれません。これは、情けないことでは全くありません。ワークライフバランスを保つためにも、これは非常に大切なことです。
一方でこれまで自分が背負ってきたもの、取り組んできたことは自分自身のアイデンティティーを形成しているわけで、とても大切なものです。

ただし、時が経つにつれて他の場面での役割や大切な存在が増えたりすることで、自分の価値観が変化することだってあります。そういった場合、これまで貫いてきたアイデンティティーを抱え続けることが、難しくなることだってあるでしょう。
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こういったタイミングは、誰だってかなりの葛藤を抱くものです。何かを手放す、あるいは諦めることで、自分という存在が崩れてしまうのではないか、という不安だって出てくるかもしれません。
あるいは、
諦める=負け
といった負のイメージだってあるかもしれません。
ただし、自分の体は一つしかなく、注げるエネルギーは限られています。無理に固執しようとしたところで、中途半端になってしまうかもしれないのです。
良かれと思って続けたとしても、結果的に”二兎を追う者は一兎をも得ず”の展開になってしまうかもしれません。
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そう考えると、何かを手放して現状でこなせる役割が得られる環境に身を移すことが、賢明な時期だってあるでしょう。
この決断は相当に勇気がいることです。ただし、焦らずに自分と環境をある程度冷静に見極めたうえでの決断であるならば、良い方向に向かうことが多いでしょう。

すみっコぐらしから学ぶこと
冒頭で紹介したすみっコぐらし達は、みんなそういった葛藤を乗り越えてきた子達なのではないでしょうか。

例えば、しろくま。名前のとおり、白熊として北極で生まれました。

本来の白熊は寒さに強く屈強な体の持ち主で、北極でも逞しく生きることが求められる存在と言えるかもしれません。それに対して、すみっコぐらしのしろくまは寒さに弱く、暖かい場所を求めてやってきました。
もしも、しろくまが「白熊たるもの、寒さが苦手なんて言ってられない!」と、やせ我慢して北極に身を置き続けたらどうなっていたでしょう…。寒さに耐えられず、今頃息絶えていたかもしれません。
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白熊が寒さに強いというのは、一般的かつ表面的な価値観の一つに過ぎないということです。
もしもしろくまが、ごく一般的な白熊の価値観に縛られて我慢する選択をしていたとしたら、私達はこの可愛らしい白くてもふもふしたキャラクターに出会えなかった訳です(笑)。しろくまの選択がいかに賢明だったか、ご理解頂けるでしょう。
「○○たるもの」という、アイデンティティーの縛り
「○○たるもの。」といった役割は自分のアイデンティティーを固めてくれることもあるでしょう。決められた役割があるからこそ秩序が保たれている側面もありますし、縛りが全く存在しないのも、それはそれで問題です。
ただし、そもそもそのアイデンティティーはどこから生じたものなのでしょうか。自分で能動的に判断してきた結果生まれたものなのでしょうか。それとも、誰かが決めたことを何となく受容してきたものなのでしょうか。今後も変わらずに守り続けなければならないものなのでしょうか。
男たるもの、女たるもの、人間たるもの、大人たるもの…。公私ともに様々な場面で実に多種多様な「○○たるもの。」がありますよね。

自分に課されている「○○たるもの」が、ひどくズレている可能性だってあります。あくまでも、色々ある中の価値観の一つに過ぎないのです。やみくもに「○○たるもの。」に縛られるのは、柔軟性を失う原因にもなります。
あくまでもその環境で通用する一つの価値観に拘るのではなく、色々な方向に目を向けることも大切かもしれませんね。

居心地の良い居場所とは
大分話が膨らんでしまいました…。
個性や抱えているものは人それぞれ異なる訳で、物事に対する価値観も当然変わってきます。違和感を多く感じる環境に身を置き続けることは、やはり心身ともに負担がかかってしまいます。
また、限られた価値観しか受容されない環境は、そこにいるメンバーにストレスをかけている可能性があるのではないでしょうか。ある程度自分の感情や考えを素直に表現し、それが受容される体験が出来て初めてアイデンティティーが育まれると思います。

自分が全く経験したことのない境遇にいる人の心境は、なかなか正確には理解しづらいかもしれません。ただし、同じ環境にいるなら、可能な限り色々な価値観を受容し合う姿勢は大切だと思います。

すみっコぐらしから学ぶ、居場所の見つけ方
すみっコぐらしの子達は、元々の環境に馴染めず一度挫折した経験があります。そして、ネガティブな側面を抱えながら、「すみっコ」という居場所を見出しました。ここから「自分の居場所は一つだけじゃ無いんだよ。」という教訓を身をもって教えてくれているように感じます。

そして、それぞれ色々な葛藤を抱えてきたからこそ、お互いを尊重しあうことの大切さを理解しています。だからこそ、お互いに干渉することなく丁度良い距離感を保ち、「すみっコ」という居場所を共有出来ているのではないでしょうか。

すみっコぐらしを見習って自分の居場所を見つけ、そしてより多様性が認められる環境にしていきたいものですね。
合掌
筆者紹介:大円良和(だいえんりょうわ)
新潟県十日町市 曹洞宗 鶏足山 洞泉寺の副住職。”大円”は僧名。同時に臨床心理士、公認心理師の業務にも携わる。
心理学を専攻した僧侶として、ご遺族のグリーフケアに少しでも出来ることはないかと考える。開かれた禅寺を目指す。
当ブログと同時に洞泉寺ホームページを運営。精進料理レシピ紹介、SNS投稿、遊びを通じた仏教文化への触れ合い体験の提案などに取り組む。
洞泉寺ホームページ↓
ハリネズミのジレンマ ~程よい対人距離の保ち方~
合掌する動物のマスコット
合掌する動物のマスコットに最近はまってまして。色んな動物があるんです。犬、白熊、カワウソなど様々あります。丁度よいゆるさ加減で仏教要素を取り入れたマスコット。僧侶にとっては、興味をそそられるアイテムです。
どうやら、エールワールドというメーカーが作っている商品のようです。箱売りしているシリーズと、ガチャのシリーズがあります。買い物に出かけた時に見つけると、欲しくなってしまうのです。。
先日ガチャを見つけて衝動買いしたところ、ハリネズミが出てきました。いやいや、メーカーのチョイスが渋い。

ハリネズミのジレンマという寓話
手に取りながら、”ハリネズミのジレンマ”という寓話を思い出しました。「相手を傷つけたり逆に傷つけられることを恐れて、近付きたいのに距離を取ってしまう」という、人間関係にまつわる葛藤をハリネズミに例えた話です。調べてみたら、この寓話はショーペンハウアーというドイツの哲学家によるものだそう。聡明な方は上手い話を考えるなぁと感心。ハリネズミさんは、書斎の本棚に安置しました。

寓話の由来
この寓話はハリネズミの実際の生態に由来しているのだそうです。群れで生活するハリネズミは、冬の寒さから身を守るためにはお互いに体を寄せ合って暖め合う必要があります。
しかし、そこで厄介になるのが背中に無数に生えた鋭い針の存在です。外敵から身を守るためには絶大の効果を発揮する武器になるのだけれど、仲間同士で助け合っていく上では悩ましいものなのです。

お互いに近づきたいと思っているのに、相手の針が痛かったり、または自分の針で相手を傷つけてしまったりしてなかなか上手く近づくことが出来ないのです。これはなかなか難しく、繊細な話ですよね…。あんな小さい体でありながら、抱えている葛藤が大きいですよ…。お互いに傷つけずに共存するために、適度な距離感を見つけていく必要があるのです。

人間関係でも大きな課題
これは恐らく、誰もが同じように人間関係で悩んだことがある葛藤ではないでしょうか。何故なら、人が生涯に抱える悩みのうち、9割は人間関係に関する内容だと言われています。
9割ってほんとかと最初は思うけれど、学生時代の友人関係や社会人になってからの職場で自分が抱える悩みを振り返ってみると、確かに人間関係についての内容であることが多いなと、思えるのではないでしょうか。

何故それほどまでに人間関係が大きく影響するのでしょう。それは人間の進化の過程にも関係します。他の動物と比較すると、純粋な身体能力や戦闘能力は人間は決して優れているとは言えません。
どうあがいても、人間が素手で虎と戦って勝つのは無理でしょ…。逃げますよね。

にも拘わらず、人間がこれほどまでに文明開化出来たのは、コミュニケーションというツールを身に着けて仲間と協力し合う能力を発展させてきたというのが、大きな理由の一つでしょう。長い年月によって、狩りをする時代から生活スタイルは変遷しましたが、対人関係無しでは生きていくことは出来ない生き物であることに変わりはありません。

いかに円滑な仲間関係を維持できるかということが生存に関わる訳ですから、人間関係が大きな悩みの種になるというのは、ごく当然のことなのです。
自分にとって大切な人だからこそ悩む
では自分にとって、どんな存在の人との関係に悩むのでしょうか。
これは物凄く単純な話です。自分にとって大切な存在であるほど、その人との関係性が悩ましいのではないでしょうか。
逆に考えれば、自分にとってあまり関わりの無い人との関係に悩むことは少ないでしょう。悩む必要が無いからです(笑)。もし、関わりの薄い人との関係に悩んでいるのであれば、気疲れするのでそれ以上悩むのは止めた方が良いかもしれません。

人間関係の葛藤の中で考え、感じていること
友人関係
恋愛関係
職場の人間関係
色々な人間関係の中で、抱える葛藤がありますよね。大切な存在であるほど抱く葛藤なのだけど。その葛藤の中で、どのようなことを考え、感じているでしょうか。
〇今の関係が崩れないか不安で、本音が言えない
これはよくありますよね。もう一歩関係を進展させたいと思うのだけど、今の関係が崩れてしまわないか、拒否されないか不安でなかなか踏み出せない。友達から恋愛関係に発展していくような過程でも、このような葛藤はありますよね。

または相手に対して、思うことがあるのだけど面と向かってなかなか注意出来ない。相手だって頑張っているし、自分だって迷惑をかけていることだってあるだろうし…。そう思っているうちに、心にもやもやをため込んでしまうことだってあるかもしれません。
相手が受け入れてくれるのだろうか、あるいは逆ギレされないか、等々不安が出てきて喉まで言葉が出かかっているのに言えない。なんていう経験は誰にだってあると思います。

〇相手や周りの反応が気になって、つい天邪鬼になってしまう
天邪鬼(あまのじゃく)。本心とは裏腹の言動を取ってしまうことです。これもよくありますよね。
例えば…。
本当は辛いのに、平気なそぶりをしてみたり。ストレスが小さいうちはまだ大丈夫でも、我慢を続けるうちにどんどん蓄積して抱えられなくなった頃に爆発してしまう。なんていうこともあるあるかもしれません。

他にも…。
相手のことが本当は好きなのに、真逆の態度を取ってしまったり。「お前、○○のこと好きだろ(笑)。」って友達から図星なツッコミをされても、言いふらされたり、相手からフラれるのが怖くて「いや、好きじゃねえし!」と強がってしまう。それで、相手に逆に冷たい態度を取ってしまって内心めっちゃ後悔するとか…。思春期の恋愛感情は大体これですよね(笑)。

自己防衛の一つ、反動形成(はんどうけいせい)
本心とは裏腹な天邪鬼な態度を取ってしまうこと、これを心理学では反動形成(はんどうけいせい)と呼ばれます。本心をそのまま言うことで、関係がこじれたり気まずい空気になることを避けようという、自己防衛の手段の一つなのです。

一時的にその場をしのげるというメリットがあります。ただ、逆に相手に勘違いをされたり、本心が言えずに段々ともやもやしてしまうというデメリットもあるかもしれません。反動形成をずっと続けるのは結構しんどいです。これはこれで、別の葛藤が生じてくる可能性があります…。
ジレンマとどう向き合うか
ハリネズミのジレンマに陥ってしまうのも、はやり理由があってのことだと思います。相手に受け入れてもらえなかったり、傷つけられたりして辛い思いをしたり、過去にトラウマになるような経験があると、自信よりも不安が先行してしまうかもしれません。不安だらけなのに、急にガツっと向き合えと言われても難しいですよね。
ちょっとしたことから試してみてみて、スモールステップを重ねて少しずつ自信を積み重ねていくことが大切になりそうです。
どんなスモールステップがあるか、考えてみたいと思います。
〇自分の殻に閉じこもっていないか、振り返ってみる
不安に陥っている状態は辛いですよね。余裕が無い時はどうしても視野が狭くなってしまいます。その時、自分が何に対して、何故不安になっているのかをちょっと客観的に考えてみましょう。
すると、本来自分が抱える必要のないことまで責任を背負おうとしていたり、重大だと思っていたことが意外と些細なことのように思えてきたりして、必要以上にネガティブ思考していた、なんてことに気付くことがあるかもしれません。

〇自分の不安を相手に伝えてみる
言いたい事を最初からストレートに言うのはハードルが高いかもしれません。そんなときは、自分が抱えている不安やトラウマを相手に伝えてみるのも一つの方法です。
「こんな風に思われてないか不安なんだよね。」
とか。意外と相手も同じような不安を持っていて、お互いに打ち明けることで親密になれることもあると思います。

〇言えそうなことから、少しでも打ち明けてみる
全てを伝えきれなくても、これだった言えそうかも、と思えることからちょっとずつ相手に打ち明けてみると良いかもしれません。いやいや、これだって結構勇気がいることです。ただ、ずっと我慢してため込んでいるとしんどいのです。
勇気を振り絞って伝えたという思いを、相手だって受け止めてくれるのではないでしょうか。相手側からしても、言われなきゃ気付かないことだってあるのです。打ち明けてみることで、意外とすんなりと受け入れてくれることだってあると思います。

お互いを尊重したやり取り、アサーション
お互いの気持ちを尊重し、対等な立場で打ち明け合うことをアサーションといいます。
具体的には、まず相手の言い分を受け入れてから、自分の想いも伝えてみるのです。
相手:「こう思うんだよね。」
自分:「確かにそうだよね。それと、私はこんな風にも感じるんだよね。」

まず先に、相手を受け入れることがポイントです。
相手も受け入れて貰えたという満足感があるから、こちらの主張も受け入れてくれやすくなります。
まとめ
一方的に感情をぶつけ合うだけでは、相手だってないがしろにされた気分になってしまうので、とりとめもない喧嘩に発展して水掛け論かもしれません。ただし、相手を尊重しつつ自分の想いも主張したのなら、途中で口論になったとしても丁度良い落とし所がきっと見つかります。
気を遣い過ぎていると、何だかお互いに腫物にさわるような関係になってしまって、知らず知らずのうちに大きくすれ違ってしまうことだってあるかもしれません。

例え口論になることがあったとしても、真剣に思いを伝え合うからこそ良い関係が築けるのではないかと思います。そういった経験が出来ると、きっと関係性にも自信が持てるようになるはずです。お互いに大切な存在であるなら、時間をかけて関係性を深めていきたいものですね。

合掌
お釈迦さまの生涯とその教え






因みにね。少し冷めたことを言ってしまうようで恐縮なのだけど、本当に出生直後に歩き出して語った訳ではありませんよ…。

こういった常人離れした逸話に出会った時には、「それだけ偉大で尊敬される存在だったのだな。」と解釈するのです。
仏教の言い伝えにおいても、そのような姿勢で向き合う必要があります。










ウルトラマンのモデルは仏像だった!?
誰もが知っているウルトラマン。最初にテレビで放送されたのは、1966年のことです。当時の人気は凄まじく、平均視聴率は脅威の36.8%、最高視聴率は40%を超えたそうです。
それから現在に至るまで、数々のシリーズのウルトラマンが生み出されてきましたね。

ウルトラマンのデザインは仏像がモデルだった
このウルトラマン、実は仏像をモデルにデザインされていたことをご存じでしょうか。これを知った時は私も驚きでした!まさか、そんな繋がりがあったなんて(゚д゚)!
分かるでしょうか。共通点。
まずは、ウルトラマンから。ちなみにこれはパワードです。

続いて、仏像です。これは能登長寿大仏です。

どうでしょうか…。よく見て下さい。顔が確かに似たような表情をしていますよね。口元がどちらも微笑んだような表情をしているのがお分かり頂けたでしょうか。


愛する人を失くされた方へ
季節の変わり目には、思いがけない出来事が様々に起きるものです。大切な人とのお別れを経験される方も、やはり少なくありません。
これまで慣れ親しみ、当たり前だと思っていた生活スタイルが大切な方とのお別れを境に変化してしまうのですから、やはりご遺族の方々には大きな動揺や戸惑いが伴うものと思われます。














